日本の小学校でポルトガル語を教えることについて

  (2005年2月27日14:25頃から使用開始)

         2005年2月27日掲示開始(ver1)
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東京都内にある国際色ゆたかな私立大学で、群馬県の小中学校の外国人児童生徒の教育の話題を中心に日本の国際化と学教育について80分ほど講義をした後、10分間ぐらいで小レポートを書いて貰いました。
受講していたのはすべて女子学生で、2年生以上、修士課程までです。
この大学には英語やその他の言語のネイティブスピーカーもいますが、今年度受講していた中にはいても1名程度だったと思います。

小レポートの設問の中に、日本人の子供にポルトガル語を教えることについてどう思うかを質問した項目を設けました。
具体的には以下のように質問しました。
「子供にポルトガル語を教えるという試みは心理的に抵抗を持つか? 自分の見解とその理由を教えて下さい。」
匿名で広く公開される可能性があることを前提として書いて貰いました。
実施日は2004年12月上旬でした。2003年の際と、ほぼ同様の条件で行ったものです。

学生が回答してくれた内容を以下に列挙します。
学生1人ごとの意見を○以下に掲げました。
但し、回答者の意図を損なわない範囲で、表記や表現を修正した部分があります。

本ページ作成には、群馬大学大学院教育学研究科出身の佐藤久恵さんにボランティアで協力して頂きました。


○何かを学ぶとき学ぶ側の意欲というものは、その学びの内容を充実させる上で重要だと思う。
だから全国の小学校でポルトガル語を国際化体験のために義務づけたとしても今回ビデオで見たような効果が必ずしも得られるわけではない。
つまり群馬県の小学校でポルトガル語を学ぶことが有効であった理由は、
その学校の中にブラジル人が多いためであり、
少なからず、生徒が自分たちの異文化を持つ友人と理解しあいたいというような明確な目的を持っていたからであり、
このような明確な目的を持たない他の地域の子どもたちが、
群馬県の小学校の子どもたちほど、ポルトガル語を意欲的に学ぶかどうかはわからないし、
たとえ学んだとしても、その学びは授業の中だけのものであり、
その学びを日常生活を結びつけて展開していくことは難しいと考えた。

○特に抵抗はもたない。
だが、それが成績をつけなければならない教科になった場合には、抵抗を少し持ってしまうかもしれない。
外国人(ポルトガル語圏出身)の交流であり、相互理解があるならば、抵抗は一切ない。

○持たないと思う。
クラスメイトの国について知るのはクラスの雰囲気を良くするための手段になると思う。
また、国際教育の観点においても英語ではない(=イギリスやアメリカなどのメジャーな国)国を知る良い機会だと思う。
なぜなら英語は中学校のころから学習するので身近な存在で、英語を使うアメリカやイギリスもだれでも知っている国だが、
ポルトガル語やブラジルもしくは、ポルトガルは、どちらかというとマイナーな国にあると思う。
そういう国のことを知ることによって、世界に対する視点が変化すると思う。

○NO。
外国に興味をもたせるのにいいと思う。

○対抗を持ちます。
子どもに教える際に自分がわからないことを質問されたときに正しく返答することができないから。

○小さいうちの方が頭が柔軟なので、すんなり受け入れられると思う。
子供のうちから他国の文化に触れるきっかけを与えることはいいことだと思う。

○私は、あまり抵抗を感じなかった。
違う国について知りたい、興味があるという気持ちを子供は持っており、それを満たしてあげることは必要だと思う。
ましてや、ポルトガルの子供がクラスにいるのなら、その子とのコミュニケーションの上でも、重要なことだと思う。

○基本的に子どもというのは好奇心が旺盛ですし、心理的に、それほど負担になるとは考えられません。

○私はポルトガル語を子どもに教える事に対して、少し抵抗を感じます。
なぜなら、教える外国語を「ポルトガル語」に限定してしまうと、
教え方にはかなりの工夫が必要とされるであろうし、全ての子どもに対して、必ずしも良い結果を期待できないからです。
ポルトガル語を教えるとしたら、対象となる地域や子どもは、かなり限定されてしまうのではないでしょうか。
VTRで取り上げられていた群馬県の地域については、生徒の1割が外国人ということもあり、
生徒に限らず、全ての教師や職員にいたってもポルトガル語を話せた方が、
学生とのコミュニケーションをより円滑にはかる事が出来ると思います。
在日外国人に対しても、日本で生活する上では、安心できるような平等の権利を与えられるべきだし、
母語と日本語の両方を身につけられる環境であることが理想の姿だと思います。
私個人としては、日本で生活するからといって、
外国人に対し、多くの事を制限したり、強制したりするのは望ましくないし、あまり窮屈な思いをさせたくないと考えています。
しかし、外国語を学ぶ上で重要なのは「子どもの興味関心」です。
子どもが自ら学びたいという意思を持っていないと、
たとえ、ポルトガル語を学ぶ時間が設けられていたとしてもきちんと身につくのかどうか疑問に思います。
もし、群馬のような外国人の多い地域でポルトガル語を教えるのなら、
強制という形ではなく、ある程度の日常的なコミュニケーションがとれるくらいの学習内容が理想なのではないかと考えます。

○別に持たない。
もしクラスにポルトガル語を話す子供がいたら当然のことであると思う。
その子はいつもいつも日本語を教えられていて他の子は自分の国の言葉を教えられないなんてあまりよい気はしない気がするから。
もし、みんなに教えたらそれで新たな子供たち同士のコミュニケーションが築けるよな気がする。
個人的に、外国語や他の国のことを教えたいと思うので抵抗は特にない。

○抵抗をもたない。
グローバル化がすすむ中でいろいろな国の言葉を学ぶということは、その国の文化を知るきっかけにもなると思う。

○私の通っていた岐阜県の土田小学校でも日系労働者の子ども達が全国で10名ほどおり、私(たち)のクラスにも3人のブラジル人の子がいた。
だから簡単なポルトガル語(あいさつ、ありがとうなど)は子ども達同士で話していたし、抵抗感はなかった。
だから大学生位でポルトガル語を教わるより、小学校で教わった方が抵抗も少なくすんなり受け入れられると思った。

○抵抗はない。
なぜなら言語を学ぶことは、コミュニケーションの1手段であり、それをもって心が通じるのであるならば教えることに抵抗はあまり感じないし、
子どもたち同士がいきいきと学び、文化を知ることの1つの方法という意見がでるような展開で学ぶことができればよいが、
ポルトガル語を異文化理解のために学びましょうというのではあまり意味がなくなってしまうと思う。
相手、友人と話しをしたい、それには相手を知るためにその背景にある文化を知りたいと思うことが大切であるように思う。

○私は、ある場面においては、ポルトガル語を教えるということに対して、心理的に抵抗は持たない。
「国際化」に主眼を置くとすれば、日本文化を身につけた子どもが外国に触れていくのも国際化である一方、
日本にいる外国の子どもは日本という外国に触れていくことが国際化となる。
つまり、日本文化を持っている子どもはそれ以外の国の、外国の文化であり、
日本にいる外国の子どもが日本語を習っているのであるとすれば、日本の子どもが外国語を習うのに抵抗はない。
なおかつ、クラスの中にポルトガル語を話す子どもがいるのであれば、
コミュニケーションの道具として、またはコミュニケーションをすること自体を学ぶのになおさら適しているのではないかと私は考える。

○抵抗は持たない。
しかし、日本語(母国語)の能力が未熟な子どもに文法からきっちり教えることには、ポルトガル語のみならず何語であれ、賛成できない。
意思の疎通が図れる程度のものであれば、子どもの見聞が広がるし、よいことだと思う。

○小学校を出てしまえば、あまりポルトガル語に触れあう環境が少ないと思うので、
学んでも尻切れトンボになってしまうのでは?
という疑問があるので、やはり抵抗があります。

○はじめは抵抗をもつと思うが、子どもも興味は持っていると思う。
自分も小学校の時にアメリカ人の転入生が来てお互い仲良くするために言葉をすこしずつ覚え交流したことがあります。
「言葉」を知っているだけで親近感がある。

○子どもが楽しんで学べるよう工夫して教えるのであれば他の英語などと同じように有意義だと思うので抵抗はありません。
言葉を学ぶという事はその言葉を話している国の人々やその人々の持つ文化や習慣への興味をもつきっかけになると思います。
本当は言葉が互いに分からなくてもコミュニケーションを取る努力ができるのが良いと思いますが、
片言でも自分から話しかけられるような、そういう姿勢を持ってほしいと思います。

○他の国に興味を持つという意味ではいいことだと思うけれども、強制されるのであれば賛成できないです。
中には、あまり得意でない子もいて苦痛に感じる子もでてくるかもしれないので。