日本における絵画美術の流れ


T.弥生・古墳時代

 @弥生時代・・・模様は幾何学的。生活と結びついた絵が描かれた。
  ◆銅鐸の装飾 〜 大きくは流水文(流水の模様化)と袈裟型文(細い斜めの格子状の線による模様)に分けられる。素朴な原始的な線描で、簡単な人間や動物、生活の器具などが描かれている。

A古墳時代・・・古墳の中の壁などに絵や模様が描かれた。装飾古墳。
  ◆古墳の壁画 〜幾何学模様が主流。直弧文(直線と弧による模様)、蕨手文(線の先が丸く曲がった形の模様)や人、馬などの壁画もある。


U.飛鳥・奈良時代

 @飛鳥時代・・・仏教をはじめとする、大陸文化の伝来により仏教美術が発達。仏の教えを絵にするようになった。
  ◆玉虫厨子の台座絵 〜 <法隆寺>日本最古の本格的仏教絵画
最上部の小仏殿のとびらとその下の台座の四面に、釈迦の伝説の絵が漆絵(黒漆地に白・黄・朱・緑の色調で描く)と密陀絵(油絵の一種)の技法の併用で描かれている。

 A奈良時代(白鳳・天平時代)
  ◆法隆寺金堂壁画(白鳳時代) 〜 <法隆寺>四面の壁に、釈迦、阿弥陀、薬師、弥勒の四仏浄土図。小壁には八体の菩薩の姿が鉄線描法(針金のように太さが同じではっきりとした線で描く技法)とウンゲン法(色彩のぼかしを、異なる色面を並べて表現する方法)の技法を用いている。
  ◆聖徳太子像(白鳳時代) 〜 <宮内庁>鉄線描法とウンゲン法で描かれる。日本に現存する最古の肖像画。
  ◆吉祥天像(天平時代) 〜 <薬師寺>麻布にかかれる。唐様式を伝える天平期婦人像の優れた作品の一つである。

V.平安時代

 @貞観時代(平安前期)・・・空海、最澄らによって唐から伝わった密教が広められた。
  ◆両界曼陀羅 〜 <京都神護寺>密教の宇宙観を表したもの。図像は金銀泥(金箔、銀箔の粉末を背の具にしたもの)による鉄線描法で描かれている。現存で最古の両界図。

 A藤原時代(平安後期)・・・遣唐使の廃止され、浄土思想が盛んになった。また、大陸文化は日本独特の文化に同化され、大和絵(日本独特の主題をもとにして描かれた絵のこと)が発生し、絵巻物が多く描かれた。
  ◆阿弥陀聖衆来迎図 〜 <高野山文化財保存会>浄土思想の中心の阿弥陀如来が菩薩をつれ、音楽を奏でながら雲にのって迎えに来る場面が描かれている。平安前期に比べ、より装飾性が高まっている。
  ◆源氏物語絵巻 〜 <五島美術館>紫式部が著者である「源氏物語」の場面を描いた絵巻物。黒の線で形を描いて彩色し、最後に線で仕上げている。物語絵巻の、あつく彩色を重ね輪郭線を描き起こす濃彩つくり絵の技法、引目鉤鼻(人物の顔における)、吹抜屋台(屋根や天井を省き、斜め上から見た描き方)といった特色ある手法が見られる。
  ◆鳥獣戯画 〜 <京都高山寺>猿、兎、蛙などの動物を擬人化して当時の風潮をユーモラスな姿で描いたもの。白描法(黒の筆線のみでかく技法)で鳥羽僧正が描いたと伝えられる。


W.鎌倉・室町時代

 @鎌倉時代・・・武家社会となり、大和絵は禅宗の影響を受けて、より写実的で力強いものが描かれるようになった。
  ◆源頼朝像 〜 <京都神護寺>大胆に構成され、緊張感のある画面。頼朝の人柄をも表しているような、写実的で力強い似絵(鎌倉時代から室町時代の写実的に似せて描かれた肖像画のこと)である。似絵の創始者である藤原隆信が描いたと伝えられている。
  ◆平治物語絵巻 〜 <東京国立博物館>「平治物語」を絵巻化したもの。画面構成がダイナミックで、特に群集の扱いが優れている。この頃、このような軍記物が多くかかれた。

 A室町時代・・・武家文化と貴族文化とがあわさり、禅宗や中国の文化の影響をうけて独自の文化をつくりあげた。水墨画が多く描かれた。
  ◆秋冬山水図 〜 <東京国立博物館>黒の鋭い線と濃淡だけで、奥行きのある厳しい冬の情景を見事に表している。
※雪舟(独自の画風を開いた、水墨山水画の第一人者)筆。
  ◆花鳥図 〜 <京都大仙院>水辺の山水を背景に、色の要素を持つ花や鳥が描かれている。
※狩野元基(父、正信とともに大和絵と水墨画の調和を試み、狩野派の基礎を作った)筆。

X.桃山・江戸時代

 @桃山時代・・・戦国大名たちによって、城の内部が豪華な障壁画で飾られるようになった。
  ◆松林図屏風 〜 <東京国立博物館>黒の線と濃淡を生かし、深い空間で自然の趣を表現している。
   ※長谷川等伯(狩野派と対抗できた画家。近年の研究で名が知られるようになった。)筆。
  ◆檜図屏風 〜 <東京国立博物館>金箔地に檜の巨木を描いた金碧障壁画。豪華で力強い美しさがある。この構成は、桃山絵画全体に強い影響を与えた。
   ※狩野永徳(狩野派を確立させた狩野派の代表的画家)
 A江戸時代・・・狩野派の他にも様々な流派が現れ、江戸時代中期以降には洋風画も再興。また、町人の風俗を描いた浮世絵が流行するようになった。
  ◆風塵雷神図屏風 〜 <建仁寺>金箔地の上に、風神と雷神が生き生きとユーモラスに描かれている。
   ※俵屋宗達(大和絵の伝統をもとにして、新しい絵画様式を築いた)筆。
  ◆燕子花図屏風 〜 <根津美術館>リズム感のある色彩と構図により、明快に表現。
   ※尾形光琳(俵屋宗達の画風を光琳が展開することによって「琳派」が生まれた)筆。
  ◆宇治橋図 〜 当時日本に伝えられた「遠近法」を取り入れて、写実的に宇治を描いている。
   ※円山応挙 筆。

◇文人画・・・池大雅・与謝蕪村が有名。中国の南宋画(南画)から学び、日本的な文人画を完成させた。
  ◇洋風画・・・司馬江漢・平賀源内が有名。西洋画の遠近法や陰影法(光と影の対比を用いて物の立体感を現す技法)を取り入れ、洋風の絵を描いた。
  ◇浮世絵・・・鈴木春信が考案。錦絵という多色刷りの木版が広まった。喜多川歌麿の美人画や、東州斎写楽の役者絵、葛飾北斎の風景画【富岳三十六景】、安藤広重の風景画【東海道五十三次】などが有名である。なお、富岳三十六景は西洋の遠近法を取り入れ変化のある構図がとられている。

Y.明治時代後期

  ◇日本画・・・狩野派を中心とした伝統的日本画は一時活力を失うが、フェノロサや岡倉天心によって日本画の復興がはかられ、優れた画家がでる。
  ◆白雲紅樹図 〜 <東京芸術大学>白雲のかかる警告を微妙な色彩で美しく正確に表現。
     ※橋本雅邦(フェノロサに認められた一人。)
  ◆非母観音 〜 <東京芸術大学>観音の慈悲の姿を、穏やかな色彩と色使いで表現。
   ※狩野芳崖(狩野派の絵師を父とする。フェノロサに認められ、新日本画の創造につとめ東京美術学校の設立にも関わった。)
  ◆無我 〜 <東京国立博物館>子どもの素朴な姿を描いた作品。発想も色彩も新鮮味がある。
   ※横山大観
  ◇洋画・・・高橋由一、浅井忠などによって油絵技法の研究が進められた。また、黒田清輝はフランスの印象派の絵画を日本に伝えた。
  ◆鮭 〜 <東京芸術大学>油絵の技法を駆使し、描写を徹底的に追及した日本近代洋画の名作。
   ※高橋由一
  ◆収穫 〜 <東京芸術大学>農村の平凡な日常生活をよく観察し、堅実な写実技法で生活のひとこまを描いている。
   ※浅井忠
  ◆読書 〜 <東京国立博物館>印象派の影響を受け、窓辺で読書をしている風景を明るい色彩で描いている。
   ※黒田清輝(フランスで印象派の画風を学び、東京芸術学校の教授となった)
  ◆麗子微笑 〜 <東京国立博物館>娘の表情から肩掛けの編み目まで、きめ細かく表現されている。
   ※岸田劉生

参考文献

  日本の名画1〜50 講談社
  ニューコース中学美術 株式会社学習研究社 

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