<久田研究室> 卒業論文を考えている3年・4年の学生諸君へ
私の研究室の卒論テーマは、障害児の指導法を中心にしてはいます。その中でも、動作法が第一の柱です。動作の基礎的な研究や事例研究をすることが今日非常に求められていると思います。
第二に、遊びや親子関係などに取り組んでくれる事を希望します。
このように、障害児の指導法を中心にしてはいますが、さまざまなテーマで卒論に取り組んでもらっています。基本的には、自分の関心を尊重したいと考えています。
ただし、文献研究については障害児心理学の分野では相当の経験がないと難しいので、あまり勧めていません。学部生には、何らかの形で実証するような研究を、まずやってもらいたいと思っています。
以下に、平成8年度からの卒業論文の紹介をします。
(なお、紹介文は卒論発表会資料に載せた私のコメントをそのまま掲載しています。そのため字数や表現が年度により多少違います。)
栗田悦子さん「子どもの障害者に対する態度の研究
―caphady体験をとおして―
」
坂田則子さん「多動行動を示す幼児の動作法による行動変容
− 主として対人関係の変化に注目して − 」
名倉一美さん「幸福感をもたらす玩具の開発研究
― 試作玩具の評価を中心に ―
」
神谷正人さん「多数派の無意識的差別の研究 −左利きの負担の疑似体験を通してー」
皆川梨佳さん「対人距離によるストレスの認識と視線変化の検討」
鶴谷菜々子さん「学校教育における娯楽の必要性
――人形劇鑑賞行動の分析を通して――」
茂木奈菜子さん「胸の動きの姿勢への影響 ――体操競技の『胸を釣る』動きを手がかりに――」
安井大輔さん「競技状況における対人的プレッシャーに関する研究――サッカーの対敵動作における対人距離を手がかりに――」
この論文は、「いっしょに」やっている感じを掴んだときから彼女の訓練が変わったことを体験し、それを「共同一体体験」と呼んで実験的に検討した研究である。このテーマは、主観的で調べられないと断念されそうな主題であるが、彼女は何とか実験にまでもっていった。非常にユニークな研究と言っていいだろう。
マジックを固定し、二本の腕がある装置を自作し、各腕を二人の被験者に持ってもらい、両者が共同して線を描く作業を行ってもらった。共同作業の軌跡が得られるとともに、それに基づいて、描いていく経過で何を感じ、何を思ったかを、書き込んでもらうという方法で、一見主観的な現象にアプローチしている。同時に、アンケートを作成して、一体感を中心とした体験の内省を把握している。
共同の作業をしている二人の人が、同じような状況にあることを認知していることがかなり「いっしょに」という感じを体験するのに重要なファクターであることが示されている。また、必ずしも両者共に同じ感じを抱いている訳ではない点も重要である。これらの検討が田川さんの実践に良い影響を与えているようで、最近の彼女の訓練は少し変わったように思える。
当該の障害を持たない人が、擬似的な障害の体験をすることを「キャップハンディ」と呼びます。その体験を通して、障害児・者のハンディキャップを理解し、支援を考えることが期待されます。実際に障害児の理解促進などを目的に多くの実践がありますが、研究は非常に少ないようです。栗田さんの研究は、自分でアンケートを作成し、中学生に授業をして、キャップハンディを体験したときにどのような態度の変化が起こるかを検討しています。
いわゆる多動児の事例研究です。坂田さんは、ずっと4年間動作法に取り組んできましたが、この1年間はA君という幼稚園の子どもにかかわり、非常に大きな対人関係の変化が生じた経過を詳細に論文にしました。
名倉さんの研究は、昨今のストレス・マネージメントの研究といえるでしょう。落ち込んだとき、迷ったとき、いらいらしたとき、ときとして人は、物に慰められ、はたまた、物に当たります。そのような物について、試作し、効果を測定する方法について検討しました。人柄がにじみでているような研究です。
依存的というと、未熟で幼稚な人と考えられがちですが、心の安定や人と人との結びつきに重要な役割をはたすものでもあります。浪川さんは知的障害児と先生のかかわりの中から、依存的と考えられる行動を抜き出して観察し、依存行動が起きる状況、きっかけ、先生の応答、依存行動が引き起こす結果を検討しています。
この研究は、神谷さんが以前から気にしてきた、左利きの人はどのような感じなのだろうか?という疑問に取り組んだものです。24名の右利きの被験者に左利き用の鋏を使ってもらって、右利き用鋏とどう違うかを調べ、その上で、左利き用の道具に関する評定をしてもらいました。
意外なことに、非利き手の道具を使うことが、どのくらいの困難性をもたらすか、基礎的なデータがありません。この研究はそこのところもきちんと押さえており、何を体験して、左利きの人の困難性を推測しやすくなったかが分かりやすく示されています。このような疑似体験が、偏見の軽減に役立つことが、実証的に示されている論文です。道具を使うときの動作を検討した部分だけでも非常に価値のある研究です。さらに、神谷さんの考えを是非、卒論から読み取って、少数派(マイノリティ)に対する、多数派の偏見について考える契機にしてください。
人は、他者が近づき過ぎると緊張し、安心できる距離まで下がろうとします。この距離は、当然相手によって異なってきます。このように対人距離は、一種のストレスになるのです。人は、どのような接近のされ方をするとストレスと感じるのか、主観的な感じと行動はどのような現れ方をするのか、特に、視線をどこへ向けるのかに注目して検討しています。
従来の研究では、まっすぐ接近した場合は検討されていますが、周りを回って接近する条件は検討されてきませんでした。また、視線回避は検討されていましたが、個々の視線の方向に関しては十分検討されていませんでした。大変な分析をしていますが、その大変さが、現象の探求に十分活かされている研究です。研究としてだけみても、斬新な優れた研究です。
また、障害児と目を合わせるとき、大変参考になる研究だと思います。
鶴谷さんは人形劇サークル桑の実で活躍してきました。彼女は、桑の実の公演を見ている児童を観察し、顔の向き、姿勢、手の動きなどをチェックして、それと人形劇のシーンの盛り上がりとの関係を調べました。すると、盛り下がるシーンより中間のシーンで、横や後ろを見る、手いたずらをするなど、舞台に注目しない行動が多いことなどが分かりました。行動観察は大変ですし、ビデオからカテゴリーを作るのも、カウントするのも大変ですが、人形劇のストーリーの流れに沿って、行動がどう変化するかが分かり、劇を改善するヒントが得られるなど役に立つ情報が明らかになりました。大変手間暇がかかった研究で、行動観察を行うことの長所が分かる研究だと思います。
性の問題は、なかなかテーマにしにくいものです。しかし、障害のある人のことを考えるとき避けては通れない問題でもあります。彼女は、泉の会の活動を通して、性の問題に行き着き、茫漠とした世界を、文献や先達へのインタビューを通して探っていきました。やればやるほど混迷を深めていくといった感じがしたと思いますが、踏ん張って卒業論文にまとめました。その中には、障害児を取り巻く人々と、障害者の人々の「生」が描かれていると思います。このような、多くの要因が錯綜しているテーマを扱うことは大変ですが、それを彼女なりにどうまとめていったか、そこが、この論文の見所でしょう。同時に、インタビューに答えて下さったとても魅力的な人々に出会える論文でもあります。
体操を長く続けてきた茂木さんは、逆立ちなどのときに胸をうまくコントロールしなければ、技も獲得できないし、姿もきれいにならないという現象「胸を釣る動き」に着目して、研究をしました。
まず、動きを測定することに苦労しました。いくつもの予備測定をして、胸の動きを必要とする運動の経過を記録しました。その後、動作法と実際の動きの練習をしてからの変化を調べました。身体の動きへの気づきや、動きの変化を捉えることに成功しました。
動作法を体操競技に適用したのは恐らく始めてのことと思います。また、障害児の訓練でも重視されている胸の動きが、体操競技でも重要であることは大変興味深いものです。どちらも、身体の動きそのものを専門にしてきた両分野の出会いを示す研究といえるでしょう。
人と直接競い合う競技では、二人ないしそれ以上の人が出会って、その間にある「間合い」が生じます。安井君は長年サッカーをしてきて、この間合いを大学2年から意識するようになりました。しかし、サッカーにおける間合いはどの位が適切かという以前に、そもそも間合いを解説した本がほとんどないのです。そこで、彼は、相手の技量の差と、作戦の差で間合いが変わるかどうかを実際に調べました。実験の結果、相手の技量の差と、作戦の差は、サッカーにおける間合いとは直接関係しないことが分かりました。このことから、外的基準で間合いを考えるより、個々人に合わせて、その人にとって具合のいい間合いを探すようにコーチした方がよいということが示唆されました。未開拓の分野に挑戦し、サッカーの間合いについて多くのことが示されたと思います。同時に、障害児教育においても間合いや間を意識していくことの大切さが分かると思います。
・まず、何よりも、自分の身近な問題を探究する知的好奇心を大切にしていって頂くことが、研究そのものの根本にかかわるでしょう。
・文献を読んでおくこと:4年になると非常に多忙です。できれば、自分の興味のある論文を読んでおく癖を2・3年の頃からつけておくようにしておくと非常によい蓄積になります。本もいいけれど論文を!
・ワープロやパソコンになじんでおくこと:卒論で、生まれて初めて長い論文を書くことになります。長い論文は、個々の章や節を組み立てていきます。そのとき、思考の道具であるワープロソフトは非常に役に立ちます。
・統計の勉強をすること:データを処理するための統計や表計算ソフトなどの勉強もしておくと、数を用いない研究でも、役立つことが多いでしょう。
・なるべく先輩の卒業研究を身近に観察すること 3年生から、久田研の卒論ゼミに参加できます。4年生の卒論を手伝い、参画することをお勧めします。また、多数の人が、被験者として協力してくれました。実際に、卒論に取り組む経過を横で見聞し、考えることや、調べることに参加することは、貴重な体験になります。
卒論は自分の問題意識について考えるいい機会だと思います。発想を柔らかくして、面白いテーマに取り組んで下さい。