三宅村の予知

三宅島火山の今後を予測することはむずかしいが,三宅村の近未来を予測することは,それよりやさしいようにみえます.

以下に私の予測を書きます.わたしはこうなることを希望しているわけではありません.しかし,わたしの予測をいま公開することが有効だと信じるので,公開します.かならずこうなることが決まったわけではありません.未来を確定的に予知することは不可能です.また,村民の意志によって村の未来を動かすことが,もちろん,可能です.

ファクト

2000年

6月 村民概数3800人.
8月下旬 村民の島外脱出さかん.
8月29日 児童生徒全員の島外避難.翌日から秋川で寮生活開始.
9月1日 東京都提案の助役人事を村議会が否決.村長が村民全員に避難指示.
9月4日 村民の島外脱出終了.初めの2,3日だけ代々木オリンピックセンターで寝起きしたのち,都内各所の公営住宅および日本各地に分散居住.
9月29日 秋川学校の小学校一年生は11人,二年生は14人.
9月30日 集中居住をもとめる村民の声あがらず.
10月13日 秋川学校で開かれた避難後初の保護者会全体会で,保護者からの質問なし.
11月21日 2001年度の小学校一年生を受け入れないことを,村教委が決定.

予測

10月1日 国勢調査実施.三宅村民ゼロ.
10月 秋川学校で寮生活する小学校一年生と二年生がゼロになる.
12月2日 選挙人名簿登録ゼロ(11.23)
12月 小学校三年生がゼロになる.

2001年

3月 住宅家賃の半額自己負担開始.
3月 企業倒産と自己破産の多発.
3月 秋川の小学校廃止.児童は都内各所の親元から地元の学校に通う.
8月 秋川で神輿・太鼓.三宅の精神的つながりを維持.
9月 住宅家賃の全額自己負担開始.この時点で,避難者ではなくなる.

2002年

3月 秋川の中学校廃止.生徒は都内各所の親元から地元の学校に通う.
3月 三宅村消滅.村長・議員失職.村役場職員解雇.
8月 秋川で神輿・太鼓.三宅の精神的つながりを維持.

201X年

4月 三宅島で小学校再開.村の再興.

(2000.10.01/02/03)