秋川学校の先生と保護者の会話(1)

2000年11月上旬の夜12時近く,東京多摩地区の家庭で電話が鳴った.秋川に預けている子どもからだった.

『お父さん、仮転校させて・・・・今のクラスの人と別れるのは嫌だから,転校はしたくないけど、お父さん、お母さんと夜は居たい』

その直後,先生と父親の電話会話

『お父さんねえ、子供達が今どういう状況か解ってるんですか』
『解らないから、お聞きしてるんです』
『五,六年生が下の子のシーツ引いたり、頑張ってるんですよ、でもその子たちも、もう限界に近いです』
『シーツとか保母さんがやる仕事では、ないんですか?』
『保母さん、頑張ってます、でも疲れてます』
『先生、何でそう言う事、報告してくれないんですか,私達に』
『・・・オトーチャンねえ・・私は公務員です・・・そんな事言ったら首になります』
『そんなこと無いでしょ、本当に子供のためならば、教育委員会がクビと言っても、父母がそれをさせるわけ無いでしょ.先生、皆でやれば、いいでしょ』
『オトーチャンねえ・・私は今、話しながらじっとしてらんなくて、廊下を回りながら話してます・・・私は○○学校の○○と言います.学校へ来たら,お話しましょう』

翌日秋川で

荒井校長『お父さんねえ、ここで教育は出来ない』
父親  『何で、出来ないんですか?』
荒井校長『教育が出来る環境じゃない.勉強の教材が足りないし、鉄棒も無いし、とにかく、高校の施設だから』
父親  『支援センターにでも,父母にでも,聞きましたか?』
荒井校長『聞いてない.とにかく勉強の出来る環境ではない』
父親  『じゃあなぜ、もっと早く解散させなかった.勉強も遅れるばかりだし、俺達が子供をどういう風に送り迎えしてると思ってるんだ』
荒井校長『とにかく、今の子供たちの状況だと駄目だ.』
父親  『保護者ももっと早く気が付くべきですが、私は三宅から避難して来た人数に近い人数で帰りたいと思い動いてる』
荒井校長 『お父さん・・関係無いです。私達は子供、子供のことだけです。私たちは教育のプロです。お父さん。』


上の文章は,父親からわたしに直接提供された文章をもとに私が再構成したものです.父親に提示して確認していただき,誤りを訂正しています.ここで公開することの承諾を父親から得ています.(2000.11.20.0920)