三宅村立小学校保護者会1.26レポート 

鈴木利彦 bellwood@tkg.att.ne.jp

三宅村立小学校保護者会
日時 平成13年1月26日(金)
14:00〜16:00
内容 14:00〜全体会    食堂
@校長の話(三宅小学校 荒井行雄)
A教務関係(時間割、行事、卒業関係等)
B生活指導関係(学校生活、寮生活、保健等)
C質疑・応答
14:45〜学年懇談会   (各教室)
15:30〜個別相談等   (各教室)
備考  (次回保護者会は3月9日予定)

@、校長の話  三宅小学校 荒井校長の話 (14:10〜14:30位まで)

毎日寒いですね・・・身も心も凍ってしまうほど・・・
風邪を引きやすい時期ですが、いまの所インフルエンザの流行はないです。
ここ秋川に来て5ヶ月半位過ぎました・・島を出る時に9月末位をめどにし、
その時は一ヶ月間、長いなーと思っていたのに。
まさか、まさかで、ずう〜っと、きてしまった。
今、火口のガスも止まず。
現実的には、かなりの長期化は覚悟せざるおえない状況になってます。
私(荒井校長)は前年まで、内地の学校でいたので都内に住んでる人達も気の良い人達ですから心配しないで下さい。
ここ(秋川)に来た当初は、紙とエンピツ位しか無かった。
今は、是非それぞれが住んでいる所の地域の人達なじんでもらいたい。
三宅に帰った時にその親しくした人達が三宅に来てくれる様になれば良い

避難当初、秋川の小学生の人数

九月当初 200人
九月末  140人
十二月二十二日(終業式) 99人
冬休み   24人退寮
一月初旬  75人
一月中旬  67人
二月から63人でスタート

施設、文教具類、システム機器という、見える物についての充実感はあるが・・・・
五ヶ月間で人数が減ってきている・・・・子供達の心 等が形として見えてこないものについて不安がある。
先生が二十四時間、一緒に居るということが毎日つのってきている
小さなトラブルの積み重ねがだんだん大きな問題となってきている。
将来,仮に二十年後、いまかかわってる子供達と口も聞きたくなくなるようなことにもなりかねない。
物があふれるほど有った時には、物を大切にしなくなるようなことも有った。
帰っていった子供達については、元気に通ってる子もあれば、親と離れるのが怖いという気持ちからか、学校にいけなくなっている子供も居る。
心の病気は怖い、今は無くとも、子供達が大人になった時に出てくる事もある。(トラウマ)
食事等・・・子供達の変化を見つける事が今の最大の仕事
取り返しのつかない事になる前に手を打ちたい
まさかの生活ではなく、本腰を入れた生活を考えなくてはならない。
子供の変化を全部の教員が共有出来るように連絡を密にしている。
冬休み後、子供達の寮生活が落ち着いている事について、不安に思う事もある
過度な甘え、わがままが出てきている
三宅小学校 荒井行雄   談

A 教務関係(時間割、行事、卒業関係等)14:30〜14:40位
       特になし(原稿を読んだだけ)

B 生活指導関係(学校生活、寮生活、保健等)14:40〜14:50位
 保健の先生がフラッシュバック(トラウマ関係)説明

C 質疑・応答  14:50位で例の通り時間切れ

司会
『時間ですので、あとの質疑・応答は学年懇談でお願いします。・・・・』
保護者(女性)   
『学校の先生方の言動が学校から出てといわんばかりで不信感を抱いてます(略)』
保護者(叫ぶ)
『そうだ!そうだ!』
荒井校長
『難しい問題ですね・・・まとまった意見ではなく、私の意見は、どちも、半々という意見です。・・・・・(略)』
『皆さん、子供達にとって家族、家族が一番なんです!』

司会
『時間ですので、次の場所へ移動お願いします。』
K保護者と教員でやり取りしていた

鈴木
『校長!あんた今、子供達にとって家族が一番っていったけど、間違いだぞ、内地はそうかも知れないけど、三宅は、三宅の子供達ほとんどが高校まで、転校なんてないから、保育園から中学、高校まで日中は一緒に過ごしてきてるんだ。
家族も大事で当然一番だけど子供達同士のつながりも同じぐらい大事なんだよ!あんた全然解ってないじゃないか!11月に私に話した事と違う事、言ってるし、あんたおかしいんじゃないか
この学校はだめだ、と言っていたのに、さっきは、半々だと、上に立つあんたが、そんな事だから、先生方もどうして良いか解らなくなり、犠牲になるのは子供達なんだよ!9月の文書から、何ヶ月たってるんだ!』
荒井校長 (席を立って目の前に来て)
『そうじゃない、あの時に言ったでしょう、だめだけど、やらなければ、いけないと』
『私は、あれからも教育機関に何回も出してる』
鈴木
『いや、言ってない、そんな事聞いてない』
荒井校長
『言った。言いましたよ〜』
鈴木
『なんで、この学校じゃだめなんだ!設備、教材か?』
荒井校長
『だから、それは私も努力してるんです。私が日本全国から集め・・・・・見せましょうか?』
鈴木
『その集めた物は、まさか三宅小学校だけじゃないだろうな!』
荒井校長
『当たり前ですよ。全部の学校の分、集めました。音楽の教材、PC関係・・・』

鈴木
『だいたい、教材、設備、条件が揃わないから、駄目と一ヶ月も経たない内に、だして、なんで秋川にきたのか、解っているのか!噴火だよ!噴火で緊急に避難したんだよ!揃わなくても当たり前だ!58年の噴火当時の先生に聞いてみろあの時は学校が無くなってるんだ。それでもどうにかなった。
確かに2〜3ヶ月位は授業にならなかったかも知れない
避難して来てここじゃ駄目だから、次の場所って、そうじゃないだろ、教材が無かったら揃えるようにして、色々努力して、駄目なら、他へと、考えるのが普通じゃないか?』

荒井校長 (次の中学校の保護者が会場に集まって来たので、校長が外へ行こうと、外へ行く)
『だから、一生懸命努力しているって何べんも言ってるでしょう』
『例えば、隣に学校が有って・・』
鈴木
『隣に学校が有ろうが無かろうが関係ない、ここはここ』
荒井校長
『まあそうだけど・・・・』
鈴木
『あんたは、経営者と一緒だろ、子供が減って困るのが普通だろ、お金貰って働いてるんだろ!』
『ともかく、私の知ってる限りの子供達、小学1年から中学生までみんな、秋川の学校はなんとも思ってないし、むしろ昔から一緒の子供達だから、安心してられた。ただ寮生活が嫌だと言ってる。寮が問題なだけなんだよ』
荒井校長
『そうです。・・・・保護者の人達がどんな状況であろうと私達は・・・・・・』

鈴木
『子供!子供の事だけ考えてますだろ!この間も言ってた通り』

荒井校長
『そうです!』
鈴木
『寮生活がなんで嫌になるか、先生達が貴方と同じ考えで、寮に居たら、どうなるか・・・・』
『先生達は大変だから、出来ませんと言ってくれれば良いじゃないか』
荒井校長
『だから、何べんも教育機関に言ってる』
鈴木
『そこが駄目なら、何で私達に言わない』
数分無言・・・荒井校長が時計を見てじゃあ と去った(二度目)
このあと中学の保護者会に出て全体会だけ出席してかえった。


私達は、三宅島の問題からいやでも、逃げられませんから、真剣に、色々悩み考えてます。

この頃、学校で何らかの事件があって、一人の子供が強制退寮させられたみたいで、校長の話だと、そういう子は厳しく処分しますと言ったが、本当にいいんですか?
処分された子供は、不安なまま転校を強いられ、万が一不登校になったら、親元に居ても、逃げ場が無いですよ・・・いずれ三宅に帰ったら、どこの学校へ入れればいいのですか?

腐ったリンゴは腐ってる部分を切ってしまえば良いと思ってるみたいですが、一度調べて手当てすれば良くなる可能性もあるんじゃないですか?

三宅では、腐って無かったのに、何で腐ったか研究しないで、腐ったリンゴ処分して目の届くような個数にする考えですか?

荒井校長さんの話を聞いて、落込んでしまった。(それが手法かも?)
でも、他の保護者の人も同じ事言ってた。

先生が二十年後、今、関わってる子供と口を訊きたく無くなる心配もしてる
子供達の方が、もう口を訊きたくない子が居ないか心配したほうが良いと思う。

万が一、秋川に子供達全員が戻れる条件に、なっても多分大多数が戻らない(寂しい学校には帰らない)

子供達は三宅の中で色々な家庭環境があって、寮生活(土日だけでも会えるから)も平気な子も居る。

転校した子も三宅の子であるなら、先生が状況を見るのではなくて、子供達同士が接触出来る様して下さい

誰が悪いとか、誰の責任かは、どうでも良いです、先(噴火状況)が見えないのだから、子供達を保護者(バラバラ)の元に帰して、仮に3〜4年たって、三宅に帰った時の子供達を想像して下さい。

転校してよかった事は、もう当然のことでしょうから困ってる事、悩んでる事、を聞きたいのですが

例えば、転校先で・・・島の子供が、内地の子供に『三宅島に帰れ!』と言われたら・・・