Date: Sun, 30 Jul 2000 09:28:28 +0900 To: "yoshiteru sunaga" From: Yukio Hayakawa Subject: Re: 画像、お送りします 須永さんへ, At 1:24 +0900 00.7.30, yoshiteru sunaga wrote: >  自宅前で撮った最初の2枚を送ります。 >  機材はクールピクス950、焦点距離7mm、元画像は1600×1200で >す。 >  公開していただいても結構です。 >   >  あとの3枚は一枚目の撮影から6、7、8分後のもので噴煙(?)が > 流れた様子です。 うまくとどきました. ありがとうございます. 8日の残り3枚も同じように添付書類で送信してください. 14-15日の150枚は,ぜんぶもらうと卒倒しそうですので(笑), よさそうなのを10-20枚ほど送信してくれませんか. ・うまくうつっている ・不思議がうつっている ・美しい などを判断基準にしてください. 選ぶのが面倒な場合は,目をつぶってえらんで送信してください. ひとつ90Kですから,一つのメールへの添付は最大6つくらいにしてください.   >  もし先生の情報を島民全員に知らせたら? と思うと背筋が凍る思いです。  > >>どこの部分をそう思われるのか,教えてください. > >     「三宅島シナリオ」等、一部の情報のみが不正確に伝わることです。 >    誤解を生んでいらぬ混乱を招くことがないように,注意書きを加筆しました. ご意見ありがとうございました. >>またなぜ,背筋が凍る思いを感じるのか,教えてください. > >    >     どんな形でこの情報が島民に伝わるか。 >     たとえば、ある素人が善意(悪意)で先生の情報に尾ひれをつけて、新聞 >のチラシに入れる。 >     ろくに噴火の知識も無い人は、パニックになるのでは? > >     私はメールでも書きましたように、この情報は島民全員が知るべきだと思 >います。 >     最悪の状況を考え、出来る限りの準備をするべきです。 (生き延びるた >めに) >     ただ、それを伝える方法が難しいですよね。 おっしゃるとおりです. >      >     また、火山島に住んでいながら、島民の噴火に対する知識が無さ過ぎるよ >うに思います。 >     ほとんどの人は、「噴火が始まったら、反対側に逃げればいい。山は人を >殺さないよ。」 >    程度の考えなのでは。(自分もその程度でした) >     噴火の周期についても 20年(ぴったり)の計算で考える人のなんと多 >いことか・・・・・ >     1983、1962年の噴火のことしか、考えてないようで (無理も無いけど) > >     「噴火に対する勉強会」とか、するべきですよね。 (おそかった・・・ >・・) 勉強会,ぜひしてください.まだ遅くありません. けさから,ちばさん@アジア航測が島に行っています. 彼のところを訪問することからはじめてください. まずは,メールして宿泊先を聞いて,アポイントメントをとったらいかがですか?    千 葉 達 朗 ta.chiba@ajiko.co.jp >>私は,島民によかれと思ってやっていますが,弊害があるなら早急にあらためない >といけない. > >     勿論、理解しております。 >     7月26日の商工会、村上氏の意見と全く同じで、この、情報が全く無い >中で先生の情報は >    多くの島民が望んでいるところだと思います。 >     ただ、インターネットという、ごく一部の人しか知ることが出来ない情報 >源ではなく、島民すべてが >    公平に知ることの出来る方法があればベストですよね。 > >    では、どうすればいいのか、教えてください。 いまは一部の人にしか伝わらないかたちですが,とにかく専門家から情報が*直接*住 民に届くしくみができつつあります.いままでの災害では,そういうチャンネルはゼ ロでした. あとは,受け取った一部の住民が,住民にあまねく伝えてほしい.須永さんたちが行 動を起こすことを私は期待しています.具体的には,集会・回覧板などの方法がある と思います.まずは,既存の組織(自治会・小学校PTAなど)を使うのがよいでしょ う. なお,須永さんがおっしゃる「島民すべてが公平に知ることの出来る」のうち,「公 平」という部分に私はひっかかります.聞きたくない人に無理矢理聞かせるのはどう かと思います.ほしいひとにもれなく迅速に伝わるようにしたいと私は考えています . おそろしげなことは知りたくないという個性も尊重しなければならないと考えていま す.低頻度大災害は,その定義通り,たいてい起こらないのですから,知らないです ますという道を選ぶことにも一理あります.人生観の問題でしょう.そういう人生観 の持ち主は,運悪くそれが来たときは,そのとき,と考えます. 誤解されることを恐れずに言えば,1995年1月の神戸の地震による被害をそのように 見ることが可能だと思います.私は,「神戸はババを引いた」んだと,当初から考え ていました.当時はこういうことはなかなかいえなかったが,もう時効でしょう(神 戸の方,気にさわったらごめんなさい).もちろん,将来社会に防災力がつけば,( トランプの模様についたしみなどで)引く前にババを見分けることができると考えら れます.しかし,そこに至るまでの道のりは遠い. --------------------------------------------- 早川由紀夫