沖山紀子さん(51歳)から3月24日にいただいたメール
【三宅島との関係】
S48年〜H4年まで阿古に在住。釣り宿・民宿を営業していました。
夫の死後、廃業し貸家にして実家へ引き揚げました。
S58年の噴火では元の家は溶岩の下に、角屋敷や東山の土地は新澪の
水蒸気爆発で砂に埋もれ跡形もなくなりました。
辛うじて、畑だった横座(岡堀への上り口)に今の家を再建しました。
【泥流被害写真】
三宅村・支庁HP(3/16撮影)阿古道路被害に掲載されている白いフェンスの
2枚が私の家です。大した被害には見えません。
この写真では泥流が何処から流れているのか判りませんでした。
土嚢が何故山のように積まれているのかも・・・
隣家と思われる(泥流が流れ込んだ)写真minka2317.jpgとie317.jpgはその後
削除されていました。プライバシーの問題かとも思われますが・・・
Sakuma
Now の浅沼村議(2/27撮影)81−93の中の87.jpgが私の家の裏側
から撮られたものだと判った時、愕然としました。(84.jpgも参照)
山側からの泥流で1メートル位埋まっています。ブロック2段積んだ上に建て
た倉庫の玄関サッシが半分埋まっている事と家の窓の高さで判ります。
2/27と比較して3/16の村道上の泥が拡大している事から、窓上に達しているで
しょう。埋まるのは時間の問題です。家が土留めになっているんですから
未だに三宅村や支庁から被害報告は届いていません。おかしくないですか?
私は住民ではないが、三宅村に固定資産税を払っているんですよ。
情報操作していると勘ぐられてもしょうがない。
立根の仮橋工事の件で2/28土地無償使用の承諾を取りに支庁土木課3名が
訪ねて来ました。道下に6メートル幅で造るそうです。
同時に2年かけて本橋工事もすると云うので、2年で終息する予測も立たない
のに、前回水蒸気爆発で砂に埋もれた所で今後どれだけ流れるか判らない。
壊れたらまた造るの?流すだけ流した方が良いのではと云ったら、
「何もしないわけにはいかない」のだそうです。
私の家の被害状況について知る由もなく、一言もなく帰りました。
2/27に視察済みなのに横の連絡もないのですね。