一般島民が島に入ることがいまだに許されないというのに、職業火山学者ではない大学院生を簡単に入島させたことを、わたしはたいへんおかしいと思います。しかも彼が入ったのが、いま一般島民が立ち入りを希望している沿岸部だけではなく、それよりはるかに危険性が高いレストハウスまでだったことは,とうてい納得できません。
一島民の個人的な感情から言います。彼らは自分たちの研究という名目で簡単に島に渡っているが、自分の土地・財産があるにもかかわらず島に渡ることがができないでいる多くの人々の存在をどう思っているのか、彼らの想像力を疑います。東京でひと目島を見てから死にたいと願いつつかなわなかった人もいたと聞きます。学者が備えるべきもっともたいせつな要件のひとつは想像力であると考えるわたしからすれば、大学院生を同伴した大学教官は学者としての資質を欠いているのではないかと疑わざるをえません。
三宅島火山の現状の的確な把握およびその推移予測が、昨夏までそこに住んでいた人々の今後の生活に深く関わる問題であることを理解した上で、被災民である住民に対して何をなすべきか、どのようにすれば住民のためになるかをほんの少しでも考えさえすれば、とるべき道は明らかなはずです。
もちろん、彼らにそのようなアクションをおこす義務はありません。しかし、現状を打開するための情報提供はできるでしょう。すくなくとも情報提供する説明責任は、あると思います。
空から見た火口の写真をインターネットで公開するだけでは、不十分です。職業火山学者が島で自分自身の目で見たこと体で感じたことを社会に向けて公開すれば、いまのこう着状態が打開できそうな気がします。
研究対象である島に渡らせてくれる東京都災害対策本部には感謝こそすれ、苦言を呈するなどと、彼らは考えないのでしょう。しかしそれは、利権のある業者には何も言わない態度と一脈通じるものであり、学問の独立性をみずからの手で放棄しているようにしか思えません。
わたし自身はすでに、島に帰ることに何らの価値も見い出していませんが、多くの人が島に一時間でいいから戻りたがっているのは事実だし、それを実現する必要もあると感じています。いま、島に渡っている学者たちがそのことにまったく意思表明していないことに強い不満を感じます。
島民の感情を抜きにして考えても,万一(いや百一くらいか?)大学院生が死亡した場合のことを考えると,東京大学地震研究所長はよくもまあ許可を出したものだと,わたしは驚きました.そうなったときは私財をなげうって補償したのち引責辞任すると,覚悟を決めて印を押したのでしょうけど.
荷物持ち出しのための一時間帰島すら許されないほど危険きわまりない島に学生を投入して,そこで死亡事故が起こったら,弁解の余地は,ない.
それとも,そのような危険は,じつは存在しないのですか?
2001.5.15.1350
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