避難生活は一時的なものであるべきです。
最初はとまどいも多く、もとの土地と暮らしに早く戻りたいと思っていても、援助する人がいて、仮の住まいもある。仮の学校もある。
避難民も援助者もすべての人が無理に無理をかさねている。でもそれが続いていけば、やがてあきらめの時期を迎え、日常に埋没し、これでいいのだと自分を納得させることになる。納得しなければ耐えられないから。
しかし仮設の人生は、当人が納得しようとしまいと、いずれ破綻する。援助の継続も、国があらゆる奇手を弄して法を拡大解釈しても、いつかは打ち切らざるを得ないだろう。
一時帰島と新三宅村構築は表裏一体です。人生の転機のために引越しをするという意味で、それらは一連の流れとして捉えるべきことなんだと思います。
そう、避難生活に見切りをつけ、正しく生活を再開するために。新生活への援助ということに(名目はどうであれ)補助金が集中していくためにも、集中居住(強制ではない)の道にこそ活路はある。それがいま考えうる最も無理のない解決手段。
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