5.言論における権利と義務

5.1 事実と意見

「事実と意見とを異質のものとして感じ分ける感覚をこどもの時から心の奥底に培っておくことが何より大切である.この感覚が抜けている人は,科学,あるいはひろく言って学問の道に進むことはむずかしい.また,この感覚のにぶい人はたやすくデマにまどわされる.」(木下,1994,42ページ)

事実と意見を異質のものとして感じ分ける感覚が抜けている人が学問の道に進むかどうかは,そのひと個人の問題にすぎないが,そのような人が学校の先生になると,問題は次世代に波及する.そしてそれは,ねずみ算式に拡大する.そのような人に私は,学校の先生になってほしくない.学校の先生になりたい人は,この大学に在学中にそこから脱皮してほしい.

5.2 私の意見と他人の意見 ---著作権の尊重

「レポートで決してしてはならないのは,他人の意見を自分の意見のような顔をして書く,あるいは他人の意見とも自分の意見とも取れるような形で書くことである.他人の意見は引用してよろしい.しかし,誰の意見であるか,どこから取ったものであるかを明記した上で,その人の真意をそこなわないように気をつけて引用しなければならない.」(木下,1994,159ページ)

著作権には,著作者人格権と著作権(財産権)の二種類がある.

他人の意見や著作物は,自分の文章や作品の中に使ってよろしい.これを引用という.ただし,どこが他人の意見で,どこが自分の意見であるかをはっきりとわかるように書かなければならない.そして,引用した部分について,相手の名前を明記しなければならない.これが著作者人格権の尊重である.他人の意見をあたかも自分の意見であるかのように語ったり,他人の作品をあたかも自分の作品であるかのように見せることを剽窃(ひょうせつ)という.これは,人としてもっとも恥ずべきことである.

引用は,著作権法32条が認める正当な行為であるが,満たすべき条件がある.著作者の名前を書きさえすれば引用であるというわけではない.まず,引用する必然性がなければならない.そして,自分の意見が主であり,引用する意見が従であることが,量的にも質的にも求められる.また,相手の真意をそこなわないように気をつけて引用しなければならない.

著作権(財産権)は,知的生産物の価値を認め,その制作者の労働に対して対価を払おうとする考えである.他人の著作物を,許可を得ないまま,自分の著作物の中にまるごと転載したり,勝手に複写して他人に配ることは,著作権(財産権)を侵している.とくに写真や図を掲載する場合は,その表現が個性的であるがゆえに,著作権法に認められた引用に留まることはむずかしい.引用ではなく転載に当たる.文章でも,まるごと全文を書き写す行為は引用ではなく転載に当たる.転載したり複製したい場合は,著作権者に対して適正な対価(お金)を事前に払う必要がある.

例外 

  1. 俳句には著作権(財産権)がないという.
  2. 学校教科書や入試問題には,著作権によるしばりがゆるい.
  3. 国などの公的機関が一般に周知させることを目的として作成した文書は,自由に転載できる(著作権法32条).
  4. 学校での授業で使用するためなら,著作権者の権利を不当に害さない限りにおいて,複製することができる(著作権法35条).

5.3 情報源の開示

他人の著作物を引用するときは,相手の名前を明記するだけにとどまらないで,著作物の諸情報を開示することが望ましい.書名・発行所・発行年などを書く.

引用するときだけでなく,あなた独自の断定を文章中でするときも,その判断のもとになった情報を開示することが望ましい.読者が自分自身で原情報にあたって,あなたが書いたことの信頼性を確かめることを保証するべきである.

相手があなたの事実認識や意見に関心を持ったとき,それを確かめたり反論する手段を提供することが,有意義なコミュニケーションをするためには不可欠である.意見は,いったん公開したら即座に,他人からの批判対象になる.批判を受けたくないの思いで引用情報や断定根拠を隠匿することは,許されない.

ただし,情報源を開示することが禁じられていたり不適当である場合がある.そのようなときは,

  1. 情報源を隠匿したまま内容だけを伝える,
  2. 情報が存在することだけを伝える,
  3. 情報についてコメントせずに沈黙を守る,

の三つの方法がある.どの選択肢をとるかは,事情による.

間違っているとぜったいに証明できない反証不能な言説は,ここでいうコミュニケーションの素材になりえない.

5.4 表現の自由(未完)

木下是雄(1994)レポートの組み立て方.ちくま学芸文庫,筑摩書房,269p.