三宅島噴火災害報告集会に参加の皆様に、雲仙普賢岳噴火災害以降「あるべき災害対策をめざして」考え、発言してきた者の一人としてメッセージを送ります。
雲仙普賢岳噴火災害では、災害対策基本法がそもそも火山災害等長期化する災害を想定していないことが露呈しました。特に災害対策基本法第63条の行使による警戒区域の設定では、人命は守られても避難を強いられた住民の生活は守られないことが明らかになりました。このような制度がある以上、警戒区域の設定に伴う損失補償は行われるべきと私は今でも確信しており、逆にこの議論がなおざりにされたことで、三宅島の全島避難にあたっては、60条の避難指示にとどまったのではないかと推測します。
三宅島に対し被災者生活再建支援法の適用が決まりましたが、本来この法律は雲仙・奥尻・阪神という相次ぐ災害の歴史の中で、被災者の生活再建とりわけ居住環境再建を視野に入れて提起されたものであり、今、避難されている住民に必要なのはまさに雲仙で実施された「食事供与事業」であろうと思います。「食事供与事業」は警戒区域の設定に伴い生業が途絶えた人で、集合避難所を出て仮設住宅などに移った後6ヶ月を限度に、一人1日千円現金給付または弁当を支給するというもので、避難の長期化に伴いさらに半年延長されました。すでに現在避難生活が3ヶ月を超えている現状の中で、三宅島という本来の生業の場を失った人達の日々の生活を、行政がどう支援するのか、まず、その視点の上に、将来三宅島で、あるいは別の場所で生活を再建する際に支援法が適用されるべきであろうと考えます。
雲仙の食事供与事業は国土庁の要綱で実施されたもので、何らかの新規立法や法改正を伴ったものではありません。警戒区域の設定に伴う実質的な損失補填の一部であったと捉えることはできますが、今、三宅の住民が置かれている状態は、警戒区域が設定されていなくても雲仙と何ら変わりはありません。
普賢岳噴火災害では、この他にも様々に形を変えて個人補償的な措置が講じられましたが、これらはいずれも住民の率直な要求に基づくものでした。町内会や同じ産業など、地域や目的毎の住民団体は、要求を集約して行政に突き付け、ねばり強く行政に働きかけました。分断され、ばらばらに避難生活を送る中で困難も多いかとは思いますが、何よりもまず、住民がまとまって声を上げることが今一番大切なことだろうと考えています。
2000年12月