三宅島神着地区在住の青山と申します。7月下旬に妻と子供3人は、岡山県の妻の実家に避難させ、現在私は、東京で単身生活をしています。
9月4日に終了した全島民避難から3ヵ月が過ぎました。全島避難決定から、都営住宅の手配、短い時間であったにもかかわらず素早く対応され、今では三宅島のほぼ全体の世帯が、都営住宅に入居し生活をすることが出来ています。大変有難うございます。当初、秋川高校での三宅島の小、中、高校生の就学の見通しが、9月末までという事もあり、長くても2ヶ月程度で噴火に伴う全島避難は終了すると思いこんでおりましたが、案に反して長期化の様相を呈しております。今となって思い至ることは、不便ではあったろうけれども体育館など一箇所に集まっての避難所生活を1ヶ月程度経験した後に、都営住宅に入れていただくのが良かったと後悔をしています。そうしていれば,周りに島民がいることで、孤独感にさいなまれることなく、噴火による精神的な痛みを島民みんなで共有する時間があったはずだと思われます。都営住宅に入居する前に一人一人が、互いのつながりを持ちながら、今後どういうかたちで避難生活を送るかの、心の準備が必要でした。
島に帰れる見こみがつかない中で、今後、長期化する可能性がつよい避難生活に耐え、生活していくタメには,三宅島の住環境に、より近い状態にすることが大切です。近所に村役場があった時のような、島民3850人が、歩いていけるくらいの狭い範囲内に集中して住むことが、どうしても必要です。もし1箇所に固まることが無理ならば,4,5箇所に別れて,島での集落ごとを基本に住むことになってもかまいません。ですが3ヵ月が過ぎたことで、現在働いている方がいます。秋川高校から子供を手元に引き取り、生活している方もいます。これらの都合等で、今すぐ、集中居住地区にこられない方も多いと思いますので、もろもろの事を考慮して弾力的な対応を、お願いしたいと思います。集中して住む事により、高齢者へのケアーが行き届き、引きこもりや孤立を防止することが出来、行政からの情報伝達がスムースに行われます。今一番つらいことは、相談事があっても一日掛かりでなければ解決しないことです。電話で相手の都合を確認し、場所と時間を決め、道に迷いながら待ち合わせ場所にたどり着く。これは、都会になれていない私達には、辛く大変な作業です。
私達は、災害対策基本法第60条に基づき島外に避難をしました。急な決定であり長引くことを想定して、避難をしたわけでもないために、家財道具や、ほとんどの財産を島から持ち出すことも出来ませんでした。一時帰島さえままならない島に帰れる日の当てのない中で生活をしております。災害に対する支援事業を、過去に遡って調べてみると、雲仙・普賢岳噴火災害においての、「食事供与事業」、記憶に新しい有珠山噴火災害の時に実施された「生活資金の給付事業」これらは現状に至っても、私達三宅島島民にはなされておりません。全島民にとは申しませんが、せめて、年金生活を送っている高齢者や、東京では就労の場を見つけることの出来にくい、災害弱者に対してだけでも結構ですので、是非、検討をしていただきたいと思います。
私は、くさやの製造販売を生業としている自営業者です。現在元金の返済は猶予してもらっておりますが、金利の支払いは続けております。元々三宅島で生業によって得られる収入を見こんで、行った借り入れです。なれない避難生活の中で働いたところで、返しきれるものではありませんし、金利だけでも大変な額になっています。当面は、義援金や被災者生活再建支援金で穴埋めできたとしても、今後、避難生活が半年、一年と長引くことにより、島に帰っても自営業者としての基礎体力がなくなってしまう不安を、強く感じております。事情を理解していただき、避難期間中の利子補給をしていただく等の措置ができないものでしょうか。今のままでは、島に帰って生活することに希望が持てなくなってしまいます。今回の噴火災害は、時間の経過とともに、より深刻化して行くタイプの災害だと思います。
島に帰っても、はたして屋根は大丈夫か? 畳は腐っていないだろうか?布団は使用に耐えられるのか?車は動くのだろうか? 三宅島は高温多湿のため、シロアリによる被害の多いところです。杉や松は全滅の状態だと聞いております。それらの木々がシロアリの巣となった時に、はたして我が家は生活に耐えられる家であるのだろうか? どれもこれも,きっと、もう使い物にならなくなってしまっているだろうと思われます。
義援金の配分が始まり、年内には被災者生活支援金が支給されるようですが、これら屋根や畳の処置費用として、はたして充当できるだけ残して帰れるのだろうか? これからの避難生活を考えるだけでも不安が、重くのしかかっています。長崎県では、災害対策に充てるための「災害対策基金」が設立されました。義援金の中からでも、金額を決めこの資金に当てることは出来ると思います。北海道南西沖地震や阪神・淡路大震災でもなされたものです。三宅島でも噴火災害が収まれば、島の再生に向けて急ピッチで復興作業が始まります。従来の公共事業に偏った復興計画、予算配分になることなく、住民それぞれの事情に合わせたきめ細かい救援策を、復興計画に盛り込んでください。
最後になりますが、噴火発生直後から私達を支えていただきました、三宅村、東京都多くのボランティアの皆様に深く感謝いたしますと共に、これからも温かい目で見守っていただけますよう、よろしくお願いいたします。