昨年(2000年)10月10日に経団連ホールで開かれた日本災害情報学会のシンポジウムで廣井脩・東京大学社会情報研究所教授が次のように発言したという(廣井教授のサイトから引用).
廣井 昭和天皇がご病気のときに、藤森長官が出て病状を説明する。しかし、医者ではないから細かい所はわからないということがありましたが、似ていますね。地震調査委員会の顔がもう少し見えるようになると、マスコミももう少し重く扱ってくれるかなという感じがします。
それからもう一つは、学者の個人的見解をどうするかという問題があります。先程言いましたが、新島・神津島の地震と東海地震の関連をうんぬんします。あるいは三宅島の将来のシナリオについていろいろな意見を言います。それは学説の自由ですからいいことなのですが、インターネットの時代ですから、社会的なインパクトが大変あります。
アカデミックな学会の議論なら、前提や理論をお互いに共有していますから数枚の論文で意図が通じますが、一般市民はそういう基礎知識を持っていませんから、突然三宅島がどうなるという結論を出されると、あるいは東海地震とつながるというような結論を出されると戸惑ったり不安になる側面があります。
昔は、たとえば1972年の有珠山、あるいは雲仙普賢岳の噴火などのときどうだったか学者に聞くと、やはり最悪のシナリオをものすごく気にしました。ところが、それは学者の間の狭いコミュニティの中でひそかにささやかれて、一般の耳には入らなかったわけです。
ところが今は違います。いろいろな情報が無媒介に市民の中に飛び込んできます。川端さんが先程観測情報の話をしましたが、東海地震の観測情報が出続けると、東海地震が近いということで、インターネット上でいろいろな情報が飛び交うと思います。
これに対しては当然学問の自由がありますから、やめろとは言えませんが、どう対処すべきかという問題があります。
何人かのマスコミの方に話を聞いたら、それはしょうがない、過渡期の段階だと言う人もいました。市民の意識レベルがあがれば、インターネット上で飛び交ういろいろな意見は自然に淘汰されるというのです。あるいは、情報化時代の一つの現象なのだから、手をこまねいて見ているしかないという考え方もあります。
もう一つは、いや、やはりある程度の影響力を持つ意見は調査委員会や判定会、あるいは気象庁などが無視をしないで、何らかのコメントをすべきではないかという意見もあります。そのへんは大変難しいのですが、阿部先生はどうお考えでしょうか。
上の赤字中の「1972年の有珠山」は,「1977年の有珠山」の誤りだと思われます.
上の文章を読むと,最悪のシナリオは学者や行政だけが検討すべきであり当該住民には知らせないのが望ましいと廣井教授が考えていることがわかります.この考えには,一般住民の知力は劣っているから余計なことを知らせて混乱させないのがよいとする,よく言えば親ごころ,悪く言えば蔑視が含まれています.
有珠山1977年噴火や雲仙岳1991年噴火だけでなく,昨年の三宅島噴火のときも,当局が,島民に知らせないまま,最悪のシナリオを極秘に検討した事実があったことを廣井教授は匂わせています.民は由らしむべし.知らしむべからず,の考えなのでしょう.
この考えは,情報公開と自己責任を推し進めている時代の流れに逆行するものです.現代社会の自然災害対応を,このような2500年前の思想に頼っていて大丈夫なのだろうか?
早川由紀夫 2001.11.06